2009年1月8日木曜日

心経 和訳

このように わたしは聞いた

般若波羅蜜多心経

観自在菩薩が 慈悲行を行いつつ 般若の完成を目指していた時
一切を構成している五つの要素(色受想行識) はすべて現象であり
実体がないものである つまりもとより空であると悟られました

舎利子よ
物質に依る現象とは実体のないものである 現象に実体がないのが物質なのである
物質と実体のない現象とは 異なってあるのではなく互いに相依ってあるのである
実体のない物質とは現象なのである 現象であることそれが物質の実体なのである
色(物質現象) 受(感受作用) 想(表象作用) 行(意志作用) 識(認識作用)もすべて
同じように現象であり作用であり もとより実体のないものなのである
つまり 一切の本質とは実体のない現象の集まりなのである

舎利子よ
すべての存在は 自性がなく相依による現象としてあるだけなのだから
生まれることも滅することもなく けがれてもいず清らかでもなく
減ったり増えたりもしないのである ただ相依って過ぎ行くのみである

相依による現象であり実体はないということにおいて
五蘊 (色受想行識)  はすべてそのものがないのである
物質現象 (色)である 眼も耳も鼻も舌も身体も心意もないのである
感受作用 (受)である 色も声も香も味も感触も感覚もないのである
表象作用 (想)である 眼による象像から心による象像まですべてないのである
意志作用 (行)である 順観にそして逆観による十二因縁もすべてないのである
認識作用 (識)である 悟りに到る真理つまり四聖諦(苦集滅道) もないのである
悟りの智慧(分別智) もなく また悟りから得られるものも何もないのである

ついに悟りも消えて 得る智慧もないことに到ったのである
分別する智慧は完全に消え 智慧は般若へと到ったのである

求道者である菩薩は ついに般若(無分別智) の完成に到ったのである
心をおおっていたおおいはなくなり 我という想いがなくなったので
恐れることも顚倒夢想することもなく 永遠の目覚めを得たのである

すべての目覚めし者は 般若の完成に到ることに依り
ついにこの上なく正しく平等な目覚めを得るのである

般若の完成に到るということはこのように知られている
般若波羅蜜多は 大いなる咒であり 目覚めの咒である
般若波羅蜜多は 無上なる咒であり 無比なる咒である
すべての苦しみを完全に除き 真実にして不虚なのである

言葉では言い表せない 般若波羅蜜多 を説くならば
それは言葉では言い表せない言葉で次のように説かれる

掲帝 掲帝 波羅掲帝 波羅僧掲帝 菩提僧莎詞

般若波羅蜜多のこころ


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