2011年2月10日木曜日

学生プンナカの質問

このように わたしは聞いた

ブッダのことば - スッタニパータ -
第五 彼岸に至る道の章

学生プンナカへの回答とは
望むことのない人です

何を望むこたがないのかと言うと
欲望を達成しようと望むことがないのです
貪り追い求めようとしないのです

無執無着についての詩句

2011年1月19日水曜日

学生ティッサ・メッテイヤの質問

このように わたしは聞いた

ブッダのことば - スッタニパータ -
第五 彼岸に至る道の章

学生ティッサ・メッテイヤへの回答とは
究め諦めて、安らいに帰した修行者です

安らいに帰すとは
事物の根本を見極め明らかにすることにより
諸々の見解を離れ心が静まっていることです

中正の道または中道についての詩句

2011年1月18日火曜日

学生アジタの質問

このように わたしは聞いた

ブッダのことば - スッタニパータ -
第五 彼岸に至る道の章

学生アジタへの回答とは
よく気をつけて遍歴せよです

何によく気をつけて遍歴せよと言うのかというと
想いがひろがらないように気をつけよということです
想念を膨らまさないように気をつけよということです

無想無念についての詩句

2010年12月6日月曜日

般若波羅蜜多心経 語彙


般若心経の語句と説明


このように わたしは聞いた


色
 原語「ルーパ」の訳
 原意は「形あるもの」(変化するもの・壊れるもの)
 肉体(身と心) 眼耳鼻舌身意 色蘊 六根
 お互いに関係し合いながら絶えず変化して常住でないもの

空
 
原語「シューニヤター」の訳
 原意は「なにもない状態」また数学の「零」

 空 空性 空なること 空の自性

自性(性)
 
原語「スヴァバーヴァ」の訳
 原意は「自己自身の存在」「それ自身の存在」
 本性 本質 真如

不異
 ことならず ことにしない
 別々ではない 離れてはいない
 和合している 連関している 相互依存している 主体がない

主体
 中心になるもの 行為のもと

無常 (真理・真実論)
 この世はただ過ぎ去るだけで実体が無いこと

無我 (存在論)(大乗)
 縁起しているだけなのであり主体が無いこと

無我 (実践論)
(初期仏教/非我・大乗/空)
 我がものは何も無いと言うこと
 一切の物事に対する執着が無いこと


実相
 (実践論)
 無相が万物のありのままのすがたということ
 法性 如実 真如 無相 無性 仏性 
涅槃

涅槃
 (涅槃寂静)
 智慧により煩悩が消された寂静なる境地
 甘美心地よいこと心が安らいでいるさま

法
 真理 道理 道徳 仏法 (単数)
 すべての存在 森羅万象 (複数)

 それをそれとしているもの ダルマ
 (人を人たらしめているもの)

諸行無常
 すべての現象は過ぎ去るものです実体は無いのです

諸法無我
 すべての存在は縁起しているので主体は無いのです

諸法実相
 すべての存在はありのままに在り自性は無いのです

煩悩
 無知によって妄執や執着に囚われいるのこと 執着

無明
 真理を見抜く智慧がないこと
 又は生命における暗闇のこと

智慧 般若
 無常と無我によった中道なる智慧 無所得無分別智


無心
 妄想や執着を離れありのままに観る心

六根清浄
 身心という思いが消えて無くなること 身心脱落

無所得 無一物
 空の真理を理解し一切の物事に執着しないこと 空

無分別
 優劣は勿論同じであるともおもわないこと 公平

牟尼
 判断を停止して論争に加わらないこと 沈黙の聖者

四諦
 苦 思い通りにならないこと
 集 あるものが起こってくる原因 執着
 滅 流れてくるものをせき止めること
 道 中道によって生きもの・人間としての生きて行く道

六波羅蜜

 布施 慈しみと思いやりの心で生きて行くこと 利他行
 持戒 穏やかで慎みのある心で生きて
行くこと 利他行
 忍辱 感情の起こる本を知って生きて行くこと 自利行
 精進 自分の信じた道を本気で生きて行くこと 自利行
 禅定 心を落ち着け気を付けて生きて行くこと 解脱行
 般若 公平にあるがままの心で生きて行くこと 解脱行

本来無一物

「生きてゆくために不可欠な欲望は本来は節度の仕組みのなかにある」

無一物中無尽蔵
「かたよらない心 こだわらない心 とらわれない心 広く 
広く もっと広く」


般若波羅蜜多心経についての詩句


2010年8月9日月曜日

般若波羅蜜多心経 波羅蜜


般若心経の到彼岸と写真@別所温泉常楽寺


上田市 別所温泉 常楽寺 睡蓮 池 石舟 梵舟 到彼岸

到彼岸




妙観察智弥陀如来 別所温泉 常楽寺 般舟三昧 波羅蜜 般舟 到彼岸 睡蓮

妙観察智弥陀如来



上田 別所 常楽寺 般舟 梵舟 蓮+睡蓮=蓮華 大乗 美術館

睡蓮



天台宗別格本山 北向観音本坊 常楽寺
上田市 塩田平 別所温泉


2010年6月13日日曜日

般若波羅蜜多心経 空性


般若心経の空と0


このように わたしは聞いた


0と空とは

如何なる数字に0を足しても変わらず
如何なる数字から0を引くも変わらず
如何なる数字に0を掛けても0であり
如何なる数字でも0が割ることはない
しかも0はそれ自体ではただ空である

0はプラスとマイナスの真中にあるが
0に近づこうとしても無限に近づけず
0がなくては無限の数字は表記できず
0は総ての数字の根本に位置している
しかも0はそれ自体ではただ空である

0はこれらの性質一つだけでは表せず
0はこれらの性質を総て含んでいるが
0と表記しても真相に0は存在しない
しかも0はそれ自体ではただ空である


空とは無常であり無我であり寂静だが
空とはこれらの何れか一つでは表せず
空とはこれら空相総てを含んでいるが
空と表記してもそれは只仮名に過ぎず
しかも空とは自性にしてただ空である


これが0と空との由っている所以です


0の発見についての詩句

2010年2月17日水曜日

般若波羅蜜多心経 漢訳



般若心経の改訂漢文訳


このように わたしは聞いた


般若波羅蜜多心經

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時
照見五蘊自性皆空

舎利子
色性是空 空性是色
色不異空 空不異色
色
卽是空 空卽是色
受想行識亦復如是

舎利子
是諸法空相
不生不滅

不垢不浄
不減不增

是故空中
無色無受想行識
無眼耳鼻舌身意
無色聲香味觸法
無眼界乃至無意識界
無無明亦無無明盡乃至無老死亦無老死盡
無苦集滅道


無智亦無得
以無所得故

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故
心無罣礙 無罣礙故
無有恐怖 遠離顚倒夢想 究竟涅槃

三世諸佛 依般若波羅蜜多故
得阿耨多羅三藐三菩提

故知般若波羅蜜多
是大咒 是大明咒 是無上咒 是無等等咒
能除一切苦 眞實不虛故

說般若波羅蜜多咒 卽說咒曰
揭帝 揭帝 波羅揭帝 波羅僧揭帝 菩提僧莎訶

般若波羅蜜多心 經


摩訶と般若波羅蜜多心経についての詩句