2015年4月7日火曜日

般若波羅蜜多心経 智慧


般若波羅蜜多心経 智慧の完成



沈黙の聖者 釈迦牟尼仏陀に 礼し奉る


智慧の完成



慈悲深き観音様は  智慧とは何かと考えられていた
知とは考えることにより  考えることは想いにより
想いは感じることにより  感じるとは身心によると
そこでそれぞれがもつ  本質とは何かと観察された

身心とは感覚のもと五感と感情のもと心のことです

身心は常に変化していて  そこに実体はなく
身心は和合しているが  そこには主体はない
このように
身心には  さだまった自性はなく
感受想念思考知恵にも  実体主体自性はない
そこでこの本質のことを  空と名付けられた


すべてのものは  空のすがたの現れなのだから
過ぎ去るだけで  生まれるでも滅するでもなく
我がないので  垢であるでも淨であるでもなく
ありのままで  減らすべきも増やすべきもない
諸行は無常であり  諸法は無我であり実相です


このようにして  ありのままにすがたを観るとき

身心は無くなり  感受は無くなり想念は無くなり
思考は無くなり  ついに知恵も無くなったのです
得るものも無くなり  執らわれがなくなったとき
ここに  
般若波羅蜜多 智慧は完成したのです

観音様は  
般若波羅蜜多 智慧の完成によって
妄想すること莫く  今をありのままに観たのです
三世諸仏も智慧の完成によって  生命にあふれた
美しいこの世界を  ただありのままに観たのです


智慧の完成は  真実にして此上なく比類なく
言葉では表せない  意味の無い言葉咒として
智慧の完成は  このように説かれたのでした




般若波羅蜜多心経 智慧の完成




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